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ライオンと小羊?・・・いいんじゃない?

このニューズレターは著者デーヴィッド・アイクの承認を得て翻訳されたものであり、著作権は著者に帰属します。英語原文に興味がある方は、David Ickeのサイトから購読できます。

デーヴィッド・アイク ニューズレター、2009年5月31日号

ライオンと小羊?・・・

・・・いいんじゃない?

みなさん、こんにちは。

私は現在、新しい本を書いていて、ほぼ毎日一日中コンピュータ・スクリーンをじっと見つめている。

私は、九月からクリスマスまでの間に、米欧における一連のイベントに出発する頃にはそれを片づけておきたいと思っているが、毎日が魅力的な発見の旅でもあるため、全力でやっているというわけではない。

それはこれまでに私が行ったすべてのようであり、すべての題材、角度、側面が終りなく水晶のような透明性と共に来ている。相互に接続された情報の大きな列を見渡すと、実態がとても明白になりつつあり、毎日大きなブレイクスルーを経験している。霧はかつてないほど晴れつつある。

このすべてについてのひとつの側面は、捕食者種族が私たちを現在のような状態にするために遺伝的にプログラムしてきた方法である。あなたが現在考えたり、感じたりしていることは、あなたの思考や感情だろうか? さもなければ、それはあなたの肉体コンピュータシステムの中で動いているプログラムなのか?

あなたがこれを読んでいるというその事実こそが、あなたがプログラムを突破し始めていることを意味するが、それは世界的な陰謀の「この世界」という側面を理解できる人々でさえ、ある強力な現実の操作者を残存させている。

人類の窮状を理解するために、私たちは、少なくとも非常に多くの題材の基本を把握している必要がある。それは、(a) 接続されていない表面に現れるもの、そして、 (b) システムが逆上して抑圧しようと試みるものである。

まず私たちは、私たちが知覚しているような「世界」に住んでいるのではなく、ある周波数帯域、そしてある小さなものの中に住んでいるということを知っている必要がある。電磁スペクトルは、主流科学によると、この宇宙においてエネルギーと物質の中に存在するものの中のわずか0.005%である。

そして「可視光線」、私たちの目が解読可能な周波数は、わずかにその0.005%である。

そのうえ、「物理的な」現実が存在する唯一の場所は、私たちの脳の中であり、五感が振動的な情報を脳のための電気化学的情報に翻訳し、脳はさらにホログラフィックの、幻影的な、「物理的」現実に翻訳している。「物理的な」「向こう側の」ものは何もなく、「物理的な」「ここの中の」幻想だけがある。

次に私たちは、私たちが「創造」と呼ぶものが、同じ「空間」を共有する諸密度ないし周波数の諸帯域で構成されていることを理解する必要がある。まさに別々のラジオやテレビの周波数がダイヤルの上で非常に近くにいない限り、互いに干渉することなく同じ「空間」を共有している通りである。

私たちが自分の存在や知覚の状態を変えることによって、自分自身の振動共鳴が速められると、諸密度を通してますます高く、より広大な覚醒の水準へと、私たちが無限に溶け込むまで移行することができる。つまり無限の可能性だけがあり、私たちは究極的にはそれなのである。

人間の知覚は、そこにあるすべてを見ているのではなく、宇宙、あるいは、一部の人々が「三次元」と呼んでいるものの中で見ているのだと認めることも重要である。それを私たちは現在経験しているのだ。私たちにとっては「何もない空間」であるものに対して、猫が反応しているのを見たことがあるだろうか?

「捕食者種族」というものを私に想起させるレプティリアンという人型の存在の種族は、可視光線の周波数帯域を越えて存在しているが、特定の状況下でこの周波数に、一時的にとはいえ、入ることが出来る。

たとえば、彼らはサタンの儀式において具現化したエネルギー環境を通して、そうすることができる。そうしたわけでイルミナティのサタニストは、バビロンや他の場所で古代人が行ったのと同じ儀式を今日実行している。彼らは特定のエネルギーの影響を受けていて、同じ手順に従わなければならないようになっている。

こういった他の次元のレプティリアンという存在は、私たちが「UFO」と呼ぶものを通してこの次元へと移行することも出来る。これらは、私たちが理解しているような宇宙船ではないが、むしろ金属の円盤よりさらに精神を使って取り扱うエネルギー的な構成物である。確かに「金属の円盤」型は存在するが、それは私がここで「UFO」と称しているものではない。

彼らがこの現実に入るもうひとつの方法は、次元間の「入り口」を通してである。こうしたものは、二つの次元間でエネルギーの「窓」ないし「戸口」をつくるために、ある次元の周波数が別のそれと溶け合う渦に似ている。地球上の主要なもののいくつかは、英国に、そしてかつてのシュメールやバビロン、現在はイラクとして知られる地域に存在する。

しかし、レプティリアンがここで過ごすことができる時間の長さは、彼らが四次元の外殻ないし肉体を持つという事実によって制限されている。したがって彼らは、三次元の共鳴点と長い間同期することができない。三次元の肉体にはいくらか存在するが、彼らの他の次元で対応するものと比べればわずかである。

私は長期にわたって、レプティリアンとサタンの生け贄や飲血の儀式との関係についてや、彼らが人間の血を大量に飲むのは、実質的に彼らが人間のエネルギーの強大な発現を「飲んでいる」ためだということを書いてきた。それは、彼らが「ここ」でいっそう長く留まることに役立つ。

こうした背景があるため、四次元のレプティリアンは、私がイルミナティの家系と呼ぶレプティリアンと人間が混血した血統を通して、日常レベルでこの現実を操作しなければならない。彼らはこうした血統(実のところコンピュータープログラム)を、その混血の肉体への「憑依」によって私たちの現実を操作する導管として使っている。

それは、この「世界」で権力をもつ者たちが人間のように見えるといった付加利益をも持つが、事実、「人間」はまさに深刻に非人間のためのエネルギーの媒体なのである。キッシンジャー、ロックフェラー、ロスチャイルド、ブッシュ、ウインザーといった一族を見れば、あなたは可視光線の周波数帯域の中の「人間」を見ることになる。しかしそれを越えて、彼らはまったく人間的ではないのだ。

レプティリアンは自分たち自身ための媒体として混血の血統をつくったが、人類社会を「女王」に呼応する「アリ」と同種の何かに変えるために、人間の大衆の大規模な遺伝子操作を全体として行ってもいた。彼らは自らの精神を私たちにダウンロードし、そうすることで彼らは自らの中央統制システムに接続された人間の「集合精神」をつくった。

カルロス・カスタネダの著作におけるシャーマンの情報源ドン・ファンは、以下のようなことを述べたとき、非常に正しかった。

「我々には、宇宙の深部からやってきて我々の生命の法則を乗っ取った捕食者がいる。人間はその囚人である。捕食者は我々の支配者であり主人である。それは我々を操縦しやすいように、無力にした。もし我々が抗議したいなら、それは我々の抗議を抑圧する。もし我々が独立して行動したいなら、それは我々がそうしないように要求する。・・・ほんとうに我々は捕虜になっているのだ!

我々は彼らにとっての食物であるため、彼らは我々を占有し、我々は彼らの栄養であるため、彼らは我々を情け容赦なく搾取するのだ。ちょうど我々が小屋で鶏を育てるように、捕食者は人間の小屋(humaneros)で我々を育てる。したがって、彼らの食物は、彼らにとっては常に入手可能だ。

しばらく考えて、私に話してみなさい。人のエンジニアの知性とその信念体系の愚かさ、あるいはその両立しない挙動の愚かさとの矛盾をおまえはどうやって説明するのかを。呪術師たちは、捕食者が我々に信念体系や善悪についての考え、つまり我々の社会的なしきたりを与えた、と信じている。彼らは、成功や失敗といった我々の夢を準備した者たちである。彼らは我々に欲深さ、貪欲さ、意気地のなさを与えた。我々をひとりよがりの、型にはまった、極端に自己中心的な人間にしたのが捕食者である。

我々を従順でおとなしく弱いままにしておくために、捕食者は言うまでもなく好戦的な戦略家の観点から素晴らしい、並外れた作戦行動に従事したのだ。それで苦しむ人々の観点からは恐ろしい作戦行動を。彼らは、我々に彼らの心を与えた。捕食者の心は、奇怪で、矛盾していて、気難しく、今すぐにも発見されることに対する恐怖に満ちている。」

非常に多くの人間行動が、なぜアリや羊に例えられるのか? 答えはそれぞれあるだろう。その集合精神は私たちの現実感にも影響していて、人間がレプティリアンによる介入以前には見ることのできた周波数帯域を制限する知覚のファイアウォールを構築している。

このすべてにはもっと非常に多くのことがあるため、私は新著で詳らかにするつもりだが、あなたには基本的な状況があって、もし私たちがこの統制から抜け出すつもりなら、私たちはその集合精神から脱出する必要がある。そしてそれは私たちには可能だ。一部の人々はすでにそうしている。

集合精神と肉体コンピュータの遺伝子操作は、人類社会の信念体系と情動反応をプログラムしていて、そういうわけで、人々はとても気が滅入るほど予測可能な状態にある。データ(生命の状況)は、プログラムされた反応(情動反応)になる。データに入力して、エンターを押すと、おや、直ちに同じ状況にいるほとんどすべての他の人間と同じように、別の人間が反応する。

レプティリアンと人間との集合精神は、内部の、したがって「外部の」葛藤のためにプログラムされていて、それはレプティリアンが摂取する低振動の感情的なエネルギーを発生させるあらゆる恐怖、ストレス、心配、怒り、敵意などを作り出す。そして、こうした情動反応は、レプティリアン自身がもつ精神と感情の状態の発現でしかない。私が長い間指摘してきたように、こうしたレプティリアンという存在は恐怖によって自らが消耗するのだ。ドン・ファンが以下のごとく言ったように。

「私は今ならそれがわかる。おまえは飢えで苦しむことは決してなかったけれども、食物の不安を抱いている。それは現在、いつ何時その操作が暴露され食物が否定されるようになるかと恐れる捕食者の不安以外の何物でもない。煎じ詰めると捕食者の心である心を通して、捕食者は人間の生活へ自分たちにとって都合の良いことは何でも注入する。そして彼らは、こういった調子で、彼らの恐れに対する緩衝剤として作用するように一定の安全対策を確実にする。

古代メキシコの呪術師たちが結論したことはこうだ。人間はある時点で、素晴らしい洞察力、今日では神話的な伝説となっている覚醒状態の妙技をもつ完全な存在であったはずだと。そしてそれからすべてが消失したように見え、現在我々の中には鎮静状態の人間がいる。つまり、我々は単に捕食者とではなく自分たちと対立しているのだ。それは非常に手際が良く、組織化されている。それは我々を役立たずにするために秩序立った体系に従っている。人間は、呪術的な存在になるように運命づけられているが、もはや呪術的ではない。人間は、普通の肉片である。

人間にはもはや夢はないが、肉片となるべく飼育されている動物の夢ならある。それはありふれた、慣習的な、精神薄弱なものだ。」

OK、私たちはいかに呪術的な自己を回復させるか? 呪術的になろう。集合精神や遺伝プログラムが私たちに命じていることの変わりに、本来の私たちになろう。そういうわけで、ここ数年の私の呪文は、「私たちは意識であり、名前、人生の物語、もしくは鏡の中の反映ではない」ということであった。私たちは、ある経験をしているすべての可能性である。私たちは、ビル・スミスまたはリンダ・ジョーンズ、銀行家、バスの運転手または店員といったラベルや名前の付いた経験ではない。

集合精神の統制を破るためには、集合精神が私たちにさせないようにプログラムされているそのことを私たちは行う必要がある。私たちは、精神を越えた存在の状態、つまり意識になることによって、システムを越えることができる。

まず私たちは、飛び込む前に情動反応を終らせて穏やかに判断を開始する必要がある。人々は確認したり、研究したり、考慮するのに時間をかけることをしないで、反射行動によって反応を示すからこそ、私が問題―反応―解決策と呼ぶ集団操作の技術が可能になるのだ。それで、主流の科学によってでさえ、この情動反応はどこから来ると考えられているのか? 「R複合体」ないし爬虫類脳は、生存反応や「原始的な情動反応」を扱う人間の脳の重要な部分である。

集合精神は、私たちに平穏になってもらいたくないので、私たちはそうなるべきであり、集合精神は、私たちに親切になってもらいたくないので、私たちはそうなるべきであり、集合精神は、私たちに他者について考えてもらいたくないので、私たちはそうするべきであり、集合精神は、私たちに自らの行動の他者への影響に感情移入してもらいたくないので、私たちはそうすべきであり、集合精神は、私たちに競争する代わりに協力してもらいたくないので、私たちはそうすべきであり、集合精神は、ライオンが子羊と一緒に寝ころんでいて(調和して生きているすべての生命の発現)もらいたくないため、彼らはそうすべきであり、集合精神は、私たちに正しいことではなく、利己的な私(me, me, me)にとって正しいと命じることだけをしてもらいたいので、だからこそ私たちは正しいと知っていることを、まさにすべての状況においてすべきなのである。

こうしたすべてのことが、プログラムやレプティリアンの集合精神から私たちを脱出させるだけでなく、この現実を生きて経験するのに素敵な場所にするだろう。それこそがレプティリアンが自分たちのために設定しているエネルギー的な統制の結果のために最もしてもらいたくないことなのである。私には言うことがもっとたくさんあり、それを著書に書くつもりだが、私たちはすでに開始するに十分以上のことを知っている。

私たちは平和の世界を求めている? OK、平穏になろう。私たちは、思いやりのある世界を求めている? 問題ない、優しくなろう。

それは、そんなに単純じゃない? ああ、それはそうだ。

英知の言葉

(『親切の行為は、どんなに小さくとも、決して無駄にならない。』―イソップ)
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【翻訳チーム:うさぎの穴はどんだけ】

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コメント:1

本売上向上請負人 10-07-31 (土) 6:39

おもしろい記事でした。

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